坂元 笑

私はカンボジアへ来て、生きる事の大切さ、

そして笑顔の素晴らしさをすごく肌で実感しました。

自分は生かせれてるな?って。。。

今までの時代があって、この現実があって今がある事。

今自分達が生きている事を大切にしていきたい。

あたしはなんだってできる。

足だって動くし、服だって持ってるし、素敵な友達もたくさんいるし

、何だって食べれるし、住む所もあるし、

お母さんもいるし、人と話もできるし、行きたい所へいけるし、

目の前にはあたしを支えてくれているたくさんの愛がある。

こんな幸せな私が自分に出来る事を、していきたい。人と生きていく事を大切にしたい。

今両手に目の前にある大切なものを大切にして行きたい。

今まで見てこなかったものがたくさんあるから、

恐れ怠惰で今まで見えなかったものがたくさんあるからちっちゃい、

ちっちゃいあたしだけど、少しずつ目を開いて、

あたしはあたしで生きて行きたいです。




金子 愛

カンボジアゆいま?る最高だったな。みんな本当にありがとう、てんつくマン本当にありがとう、全部本当にありがとうしかないって感じです。

12月中頃からカンボジアに心が向き始め(いやカンボジアに行くことに心が向き始め)加速し出してゆっくりと考えることもないままそのまま・・・・。
今やっといろいろ思い返してしみじみ浸っています。
帰ってきても何から話していいかわかんない状態で「いやぁ?ほんと行けてよかったです?」「ありがとうございました?」「よかったよ?」ってそればっかり。

一番感動したのはなんだろみんなに感動した。みんなすごいよ?。ステキすぎる?。めっちゃ普通に見えるみんななのにすごいよ。今考えるとほんとみんなキラキラしてて私は感動した。
みんな可愛くて素直で個性的でなんと言っても優しい?、私もみんなみたいになりたいと思ったで、あこがれる?。

私がプノンペンの空港に24日に着いた時、外に出たらみんなが迎えに来てくれてて、照れくさかったけどすごい嬉しかった。ネームカードを誰かが首に掛けてくれた。

そのままバスに乗ってスラムに子どもたちを迎えに行って、踊りを見に行った。

私は状況がよくわかってなくて、ついて行けてなくて少し戸惑ったけど、みんなそんな私をすんなり受け入れてくれて嬉しかった。あのバスでの子どもたちとの異常なテンション・・・・その時はわかんなかったけど後に納得。

とにかくそんなみんなに出逢えた事が私にとって、かなりすごいことだった。
いろんな場所から、年齢も違う環境や職業やみんなそれぞれなんだけど、会ったこともなかったのに、そんなの全然関係ないみたい・・・どうでもいいみたい・・・。
それまで知らなかったのにそんな気がしない、普通の空気で不思議。
子どもたちもそうやった。あの笑顔や仕草やなんやかや、子どもはこどもやなぁ?、どこでも一緒の子どもやなぁ?って思った。みんな甘えん坊やし人なつっこいし、夢中で遊ぶしお腹減ってるし、いいにおいだし、ぴょこぴょこ跳ねててかわいい?。通訳係りのサンちゃんやその仲間もそう。出逢った時間なんか関係ない、遠い所に住んでいても関係ない。ほんと身をもって感じたのはそんな感覚。
国や人種や言葉や時間や空間や、関係ないみたい、どうでもいいみたい、な気がする。
みんな一緒だと思った。今回参加したことで、そういうのが感じられて私は嬉しいです。よかったよ。

それからそれから、私は全然よくわからなかった、支援が・・・。自立支援って何?私らに何ができるが?どうしてこの町は、この国はこんなに裕福な人と貧しい人との差があるが?ゴミの山からゴミ拾って収入を得ることが当たり前になってるって?!ありえん・・・なんで?どんな仕組み?それはどうやったら解決できる?そんな具合にいっぱいわかならなくて考えてもわからなくて、カンボジアに来たものの必死でお金集めたものの・・・これで何ができる?どうやったら有効に使える?ってすごく難しかった。

でもどうやら違うかったみたい・・・・。バスの中でインタビューの報告を聞いた時、水浴び場なら何かできそうやねって言ったら、井戸が少しのお金で作れることがわかって、実際にできた。その嬉しかったこと!子どもたちと遊んであそんで、あそんで、ただそれだけ?・・・じゃなかった、深い繋がりができた。
日本で子ども服を持って行ってあげてと、どんどん集まる服、持ちきれなくても全部、どうやってでも届けたい気持ちになってた。踊りの稽古場?そんなんで意味あるのかなぁ?って疑問があったけどスラムのあの、みんなの喜び様を見たらね、わかるよね
。スラムの人たちがどんどん作業をしたと言うし、最後の日スラムに行った時、踊り場の壁布の色が目に飛び込んで来たときの感動!手束さんから井戸の水が出たと聞いたときの感動!おっきなお鍋でたくさんの野菜とお肉がぐつぐつと美味しそうに煮えてるときの感動!みんな嬉しかったもんね。
スラムのスタッフ女性の娘さんのためのカンパをした時の、彼女の心が震えてるのを見た時すごい感動した。

きっとそう言うことの、難しく考えないで、目の前のことの、できることの積み重ねなんだと思った。




石田 香織

今回カンボジアには支援もかねて視察に行ったわけだけど、ツアー中で自分の中に「支援とは何か?」「事実を知ったときに自分は何を感じ、どう動くんだろう?」っていうテーマがあった。


初日から飛行機の乗り換えのホーチミンで北海道からの支援金が盗まれてしまって本当に合わせる顔が無いって思ったけど、落ち込んでる暇はない。
「人一倍働いて、体で返させていただきます!」って気合を入れた。

実際はじめてバッサクスラムに訪問したときには目の前に広がるのは窓の外のような景色で、自分がここに居る、という実感がわかなかった。
衝撃を感じきれないまま、スラムの奥にどんどんと入って小学校に向かった。着いてから歓迎のダンスを見て、子供たちといっぱい遊んだ。
めっちゃかわいい。
「ハロー!」ってキラキラの目で無邪気に抱きついてくる子供たちに惚れた。

スラムの現状が見えてくるのには2.3日かかった。子供たちと遊んでるときに、遠い目で「お姉ちゃんになって」「No mama,No papa」とさっきまで100%の笑顔だった子供が見せた悲しい顔。
正直、なんて言って良いか分からなかった。
でもその子供たちをきっかけに、スラム全体を見ようとするんではなくて、目の前にある一つ一つのことを見ていけばいいんだなって思えた。その日、夕日が妙にきれいで涙が出た。(なんてロマンチスト☆)
一日を精一杯生きて自分に出来る限りのことをやろう!って思った。「幸せってどういうときに感じる?」「大切なものは?」そんな問いに子供達は「家族やみんなが安心して暮らせるのが幸せかな」「勉強をしている時が幸せ」「教育が大切。教養があれば悪い道には進まないし、能力って物じゃないから盗まれることもない。ずっと自分の中にあるから」「ダンスの衣装が欲しい。衣装があれば公演もたくさんできるし、コンテストで優勝したら賞金が出て、生活が楽になるもの」この答えには本当にびっくりした。
思いやりの心(結いまーるの心)がすごいなーって感心した。結いまーる隊として来たカンボジアで子供たちからたくさん学ばしてもらった。

毎日がとっても濃くて過ぎるのが本当に早かった。
たくさんの子供たち、大人たちの話を聞いて、「何が必要?」って言うのがだんだんと分かってきて、結果、稽古場・衣装・ミシンの他に井戸や稽古用の鏡、ラジカセや日本語の教科書などが支援することが出来た。

現地の人の本当に望むものを聞き支援するという過程の中では与えた物よりも、受け取ったモノの方がはるかに大きかった。
井戸が出来て水が出たときはめっちゃうれしくて涙が出た。
支援ってすばらしいって思った。

バッサクスラムで気づいたのは期限がある中に生きると、思いを形にするのが本当に早いということ。
なにか思い立ったらその思いを伝える事がいかに大事か。
そして動けば必ず変わるということ。
別れは次の再会の楽しみになるってこと。「また会おうね」って笑って言えた自分に乾杯。
絶対また来る。

最後に、通訳の人に日本人とカンボジア人の違いは何ですか?と聞いたら「スラムの人達は経済的には貧しいけど心は本当に豊かです。それに比べて日本人は経済的には豊かだけど心の貧しい人が本当に多い」という言葉がとても印象に残った。
親が居なくても笑顔でみんなの幸せを願う子供達。その生き方には本当に感動した。
ありがとうバッサク。
そして今回の結いまーるのメンバーはみんな年齢や育った場所・環境が違うけど、溶け込むのがすごくはやくて、違和感がまったくなかった。
カンボジアに来た目的や理由は違うけれど、思いがみんな一緒だったのか一人ひとりが欠けていたらまた違ったツアーだったのかなって思うとみんなとの出会いには本当に感謝感謝。
ありがとうてんつくマン。
ありがとう、出会ってくれたみんな、またカンボジアで、日本で、会いましょう!オークン!